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ジャンプ漫画のネタバレがあるのでご了承ください。

【最新版】火ノ丸相撲国宝キャラ強さランキング【ネタバレあり】

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有名漫画家から一押しされている今熱いスポーツ漫画「火ノ丸相撲」。

ぼくの主観と偏見により学生力士強さランキングを作成しました。

なお、このランキングには刃王などのプロ力士は含まないものとします。

随時更新します。最終更新日2017/05/21

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SS 久世草介 栄華大付属

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栄華大附属高校一年生の相撲部員。身長195㎝、体重142㎏。異名は眠れる国宝「草薙剣」。

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長髪を後ろで束ねた大柄な少年で、どこか力が抜けたような茫洋とした雰囲気を湛えている。小学生の時から相撲を取り続けているが、小学四年生以降は公式戦には一切出場しておらず、名門栄華大附属に入学しようとそれは変わらず新入生であるとはいえ相撲部では狩谷と共に偵察やビデオ撮影等、実力不相応な雑務担当に甘んじていた。 

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 大横綱大和国の息子であり、公式戦での出場歴がないのも小学四年生時の取組で対戦相手の狩谷に大怪我を負わせ、父から「あいつが出ると他の若い芽を摘んでしまう」と試合に出る事を禁じられていたためであった。

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しかし、父の相撲部屋での稽古と現役力士達との実践練習を幼少の頃から欠かした事はなく、戦績がほとんどない時期から相撲関係の記者達はその底知れぬ才覚と実力を期待され、眠れる国宝「草薙剣」といわれて注目を集め、相撲部の監督やコーチからも目をかけられているが、その一方で一部の部員からは妬みややっかみの目で見られ、反感を買われてもいる。

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火ノ丸らダチ高相撲部や狩谷も参加する新人戦にも当初は出場する気は無かったが、火ノ丸と狩谷の取り組みを見て血が騒ぎ、父の意向に背いて出場を決意。父親譲りの圧倒的な強さを見せつけ対戦相手を次々と薙ぎ倒していき、高校入学以降無敗だった火ノ丸にすら完勝し優勝。

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「横綱の息子」としての素質と実力を否応なく見せつけ、若年にして完成された横綱相撲から新人戦優勝の実績のみで国宝「草薙剣」の二つ名を戴くという鮮烈な公式戦デビューとなった。

新人戦優勝後、父に言いつけを破った事を謝罪した上で自分は相撲が好きであり勘当されようと後悔はしていない事を伝えると、それは大横綱の息子という殻を破り自身の意志で相撲を取るのを促す為の戒めであった事を知る。そして改めて父に火ノ丸ら他の国宝達を全て倒し高校相撲で頂点に立った後、角界入りを果たすと誓言した。

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その後栄華大附属の一員として全国に駒を進め今大会の主役の一角として注目を浴び、もう一人の主役とされる天王寺との邂逅にも怖じた様子はなく「自分は横綱の息子であることを背負って土俵に上がる」と宣言した。

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そして個人戦準決勝では「静謐の相」を纏い上手投げ「大蛇断」で高校横綱の絶対王者天王寺獅童を下し、全国大会個人戦優勝を手にした。

S 天王寺獅童 鳥取白楼高校

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鳥取白楼高校三年生の相撲部主将。身長188cm。国宝「童子切安綱」。

昨年度及び一昨年の高校横綱であり、中学三年時には中学横綱、小学六年時には小学横綱の座についている。

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その輝かしい戦歴が示す通り高校入学以降から現在に至るまでの公式戦は無敗、更には全日本選手権においても社会人や大学生らの年上の強者達を叩き伏せ優勝、名実共に高校相撲界のみならず全てのアマ力士達の頂点に君臨する男。

その最強と言って差し支えない圧倒的な実力は現最強横綱にして白楼高校出身の先輩である刃皇をして、自分に引導を渡すのはこの男かも知れないと警戒され、本場所で当たるのを避ける為に自分と同じ部屋に引き入れようとする程である。

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その威容とは裏腹に普段は礼儀正しく謙虚な佇まいを崩さないが、それらの品位としての皮を剝けばその内心は鬼の気迫が漲っており謙虚さとプライドが高い次元で同居する、高校生にして既にその風格は横綱のそれである。

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その威圧感は当時高校二年生の一年前の時点で年上である寺原をすれ違っただけで畏怖させ、虎視眈々と自分の首を狙う全国の強者達の放つ敵意をそれ以上の烈気で跳ね除ける程だが、関西出身という出自もあり意外にも普段は流暢な関西弁で気さくに会話する姿がよく見られ、尊敬と羨望を一身に集める横綱という地位を目指すものとしての心構えとして、ただ必死に相撲に取り組む事を良しとせず相撲を楽しむ事を忘れず、王者の余裕としての笑みを絶やさないようにする等、相撲に対する姿勢も独自の拘りと美学を持つ。

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その一方で王者の有り様としては似つかわしくないとも言えるほどの研究熱心な一面もあり、大会前には自分と対戦する可能性のある力士の全てを研究しておくのは日課であり、相撲とはおおよそ関連性のない情報までを網羅する勤勉さは時に相撲オタクと揶揄される事もある。

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今でこそ恵まれた体躯の持ち主ではあるが、小学生時代は身長が伸びず体格差に苦しんだ時期があり、それでも生き残る為に技を磨きその技を持って小学横綱の座につき、その頃の「小さくても勝てる相撲」は当時の火ノ丸に大きな影響を与え、鬼車、百鬼薙等の豪快な投げ技は元は彼の技であった。

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その後中学へ進学すると諦めていたはずの身長が急激に伸び始め、彼が中学横綱になった頃には大型力士の"体"の圧力と小兵力士の"技"の巧みさを併せ持つ怪物と化していた。この偶然の産物とは言え余りに順調すぎる来歴は「相撲の神が舗装した道」とも比喩される。

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層が厚い事で有名な鳥取白楼高校相撲部の中でも一年生の頃からレギュラーを務め、常勝軍団の絶対的エース力士として活躍、自身は二年連続の高校横綱、チームとしては団体戦六年連続優勝という偉業に大きく貢献した。火ノ丸達は出場できなかった春の全国大会では、団体戦の大将戦において沙田をして「勝てる気がしない」と思わせる程の力量差で圧倒した。

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その後全国大会前のテレビのインタビューに対して「自分が一番相撲が好きだから自分が一番強い」と全高校生力士に対して宣戦布告、本戦においても全国の猛者から一身に受ける敵意を物ともせず個人戦予選を余裕の相撲で全勝、決勝トーナメント一回戦で火ノ丸と対戦する事となる。

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当然火ノ丸を見くびる事なく徹底的な研究により彼の攻手をことごとく封殺し有利に試合を進めるが、前ミツを許し激しい崩し合いの攻防の末百千夜叉墜を決められたかに見えた。

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しかし自分の知らない攻手すらもイメージトレーニングとして予見しておりこれを空かすと死に体の火ノ丸に変形小手投げ「六ツ胴斬」をかけ勝負を決めた。最後の瞬間まで自分に抗い続けた彼に敬意を払い、勝利の笑顔は潜ませた。

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S 潮火ノ丸 大太刀高校

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大太刀高校一年生。身長152cm(背伸びして丁度160cm)、体重79kg。

異名は国宝「鬼丸国綱」。4年前の小学生相撲二冠王となった実績(その6年時の大会前までは、全く無名だった)があり、国宝「鬼丸国綱」という異名を持ち将来を嘱望されていたが、中学時代は身長が伸びず無差別級競技である相撲においてこの背の低さは致命的な欠点となり、中学相撲公式戦での実績は無いに等しく騒がれる事もなく相撲界から負け消えた。

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周囲からは終わった選手と思われていたが、その裏で体格差を帳消しにするだけの地道かつ過酷な稽古を「三年先の稽古」として人知れず積み続け、高校入学を期に再び頂点を目指すべく相撲界に復帰した。

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小学生の時から相撲一筋で横綱を夢見ているが、上記のように新弟子検査の規定に満たない小柄な体格[の為、アマチュア横綱になり身長基準が不問となる幕下付出の権利を得る以外、角界入りする手段は無い。それでも彼自身は「高校相撲のタイトルを総なめにして相撲界から頭を下げにくる位の凄い力士となる」という大きな目標を抱いている。小兵でありながらも奇策には走らず、圧倒的体格差であっても真っ向勝負を挑むことを信条としている。

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15分に渡って一方的に殴られ続けてもものともせず、300回もの四股踏みの終盤になっても軸足がぶれずに高々と足を上げる立派な四股を踏み続けるなど、小さな体からは想像もできない頑健かつ強靭な精神、肉体を誇りそれが彼の強さの土台となっているといえる。

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 その小さな体から当たり前のように相手からは侮り謗りを受けるも、それを跳ね返すように次々と強敵、難敵を破っていく。五條佑真を倒しまずは相撲道場を取り戻すと、出稽古先の石神高校にて全国でも名の知れた高校力士である金盛を自身の代名詞とも言える技「鬼車」で撃破、沙田のライバルとなり得る男として認められると春大会予選決勝トーナメントにて彼と初対戦に臨む。自身が沈んでいる間に最強だった男との大一番を死闘の末、三年間の集大成とも言える必殺技、「百鬼薙ぎ」で勝利をもぎ取りこれまでの雌伏の三年間がひとまず報われた事に笑顔を見せた。

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その後新人大会に出場し、中学時代三度に渡って敗れた相手である下山に圧勝し「過去の自分」を、同じ小兵ではあるが火ノ丸とは全く違う相撲で結果を出している狩谷を破り「別の現在の自分」を倒すことによって、その強さが本物である事を証明してみせるも「大きな自分」である久世草介には激闘の末最後は体格差が露呈し完敗、高校入学からの連勝は止まり再び体格という大きな壁に直面する事になる。

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その後遅れて入部してきた桐仁から心も体もこれ以上伸ばしようがないなら技を伸ばすしか久世のような強者に勝つ方法はないとの助言を受け、桐仁の計らいで猛稽古で知られる柴木山部屋への体験入門へ赴き新技の開発、プロの技を身に付けるべく猛稽古に身を投じ、その中で柴木山親方や冴ノ山ら部屋の力士達にも熱意と実力を認められ、自身のプロの力士になりたいと思いも一層強くなり、体験入門以降も朝稽古への参加の許可を貰い強化期間をプロの本場で己を練磨する事に捧げた。

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その後全国予選団体一回戦にて先鋒として出場、相手の柏実業高校の徹底的な分析による想定を超える実力で圧勝、プロの技を身に付け更に強くなった己を観衆に見せつけた。その後石神高校との決勝大将戦にて沙田と再び対峙、一度勝った事は忘れ己の全てを賭し決戦に臨むが想像を遥かに超えた沙田の圧倒的な力に一度は負けを認めかけるも、初めて経験する完全な精神的敗北による「心」の死に対し半ば本能的にそれを拒絶、体格という絶対的な才能を与えられなかった「持たざる者」としての意地をもって沙田と同じく「修羅の相」の領域に入り、絶望的な状況を覆し試合を振り出しに戻す。

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修羅同士の戦いとなった試合終盤、修羅の本能だからこそ辿り着いた一撃必殺の新技「百千夜叉墜」をついに完成させ、本来なら致命的な弱点であるはずの低い身長をすら武器とする火ノ丸にしか成し得ない相撲、「火ノ丸相撲」をもって沙田を再び下しダチ高全国行きの切符を手にした。

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沙田との死闘の折右肘を故障するもそれを仲間にすら隠してハンデを背負いつつも個人戦に臨み國崎、小関と仲間達とも全力で戦い勝ち上がり、決勝で疲労困憊満身創痍の状態にも関わらず金盛をも圧倒し個人戦優勝を決めた。だがこの結果に満足する事もなくその目は既に全国へと向けられている。

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全国大会個人戦では初戦で高校横綱天王寺獅童と対戦し「百選夜叉墜」で勝負に出るもあらゆる可能性を研究し尽くしていた天王寺には通じず敗退する。

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団体戦準決勝大将戦にて、再び天王寺獅童と相見え、「鬼炎万丈の相」へ踏み込みチームメイトの技を駆使しながら見事勝利を収めた。団体戦決勝戦では久世草介との最終決戦が行われる。

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A 加納彰平 鳥取白楼高校

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鳥取白楼高校3年「白楼のもう一振りの国宝」である。国宝名は「大包平」。

父は鳥取白楼高校相撲部の監督であり、幼い頃から敗北して夢が終わる瞬間を数多く目の当たりにしてきたことで、相撲がいかに残酷な競技であるかを理解している。

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表彰台の頂点、天王寺獅童の隣にはいつも加納がいた。

大典太も数珠丸も加納に勝利したことは一度たりともなく、国宝の序列では上位の実力者。天王寺に次ぐ白楼高校ナンバー2というのは、つまりは高校相撲界においてもナンバー2である。

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必勝パターンは「半身の構え 堅守の型」。

相手の懐に頭を突っ込んだ形で上半身を落とし、左腕で相手の廻しの前を取るスタイルで大きく下げた右足で相手の圧力に耐えながら、開いたスペースで自在に投げを放つ。

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団体戦準決勝で國崎戦では高校相撲界ナンバー2であるプライドをかけて戦ったが、最終的には國崎に寄り切られてしまった。

A 沙汰美月 石神高校

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石神高校一年生で、相撲部のエース力士。身長182㎝、体重91kg。異名は国宝「三日月宗近」。

一見するとチャラい言動が多く、主将の金盛の目を盗んでは稽古をサボろうとする軽薄者だが、天性の運動神経を誇り中学から相撲を始めたにも関わらず、三年時には「中学横綱」に君臨するほどの実力者。

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基礎練習はサボるが実戦練習になると凄まじい実力を発揮し、他の部員たちが疲労困憊になっても余裕の表情を浮かべ、石神高校の中で一番強いといわれている。中学時代からマワシをほとんど取られる事なく相手を倒し続けた為、そのマワシは新品同然であるという。相撲を始めた動機は、当時の火ノ丸を見て「ダサい締め込み姿も恰好良く見える男になりたい」という事である(小説版でその経緯が詳しく書いてある)が、皮肉にも土俵に上がった際には彼を応援しに来た女子が観戦していて畏怖するような威圧感を発揮してしまう。

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そしてまた皮肉にも自分が戦いたかった相手である火ノ丸は中学時代は相撲界から姿を消しており、不完全燃焼な心を抱えたまま才能のみで頂点に立ってしまった為相撲に対して今一歩真剣に取り組む事が出来ずにいた。

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しかし、念願叶って自身のライバルになり得る火ノ丸と対戦し、らしくなく負けん気を隠そうともせず双方全力での激闘の末敗北すると、それまで負けたことがなかった故感じる事もなかった悔しさを生まれて初めて実感し、その悔しさをバネに基礎練習にも積極的に取り組むようになる。

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しかし全国大会で鳥取白楼高校の天王寺相手に何もできずに敗北、さらに新人戦で火ノ丸は久世に敗北したことを知り、自分が最早上から何番目かもわからない地位である現実に直面し、今度は生まれて初めての「挫折」を味わう。同時に自分がどれだけ相撲が好きだったのか再認識し、「一番好きな相撲で一番(学生横綱)になり再び笑う」ことへ執着するようになり、以後は表面上は以前と同じく飄々としつつも土俵上では観客すらも恐怖するほど張りつめた空気を纏い、一切の無駄を廃し勝利する相撲を完成させ成長した大河内をも一瞬の内に葬り去った。

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そして再会した火ノ丸に改めて三年もの間屈辱に耐えてきた事に尊敬の念を表するも、自分は三年も待たず火ノ丸を含めた国宝達を全て倒し頂点に立つ事を宣言した。しかし団体戦決勝で火ノ丸に敗れ負傷、個人戦は棄権した。再登場後は前髪をアップにしていた髪型が変わり、一切整えていない無造作な頭髪となりそれが彼の土俵での修羅の如き烈気に一層拍車をかけている。

A 國崎千比路 大太刀高校

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大太刀高校二年生。元レスリング部員。身長180cm、体重97kg。

国体で個人戦優勝を果たすほどの実力者で、将来は総合格闘技の選手になり全米で頂点に立つ事を夢見ている。裏表のない竹を割ったような性格ではあるが、学園祭の余興で他の運動部の強者と異種格闘技戦を行うなど目立ちたがりで自己顕示欲が強く、自分に負けた相手には痛烈にダメ出しを行うなどかなり横柄で面倒な性格。

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さらに、そういう日頃の行いが顰蹙を買っていることにも気付かない空気の読めなさも災いして、初めは十人ほどいたレスリング部も最終的には千比路一人だけになってしまっていた。しかも自分がレスリング部を辞めた途端に自分以外の部員全員が復帰していた事を後に知り、嫌われていた事を痛感しショックを受ける。しかし、レスリング部のコーチだった師岡に論され、自分自身の強さにしか興味がなく、他人が足を引っ張る団体戦が嫌いだった過去の自分に気付く。

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相撲に出会い志を同じくする本当の仲間を得た事で心境が変化し、他人のために勝とうと思うようになるといった精神的な成長も見せている。

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その一方で個人戦での仲間同士の潰し合いに戸惑う小関や蛍らに、「仲間である事と馴れ合う事は違う」と諭すように格闘家らしい勝負の世界における割り切りの精神も持っており、その勝負に対する心構えは小関の決意を後押しした。当初は相撲の事を「手がついたり土俵から出ただけで勝負がついてしまう負けの重みが軽い競技」と見下していたが、学園祭の余興で火ノ丸に敗れたことで「簡単に勝負がついてしまうからこそ勝ち続けるのは難しく、その上で頂点に立つ人間は本物の強者である」と相撲に対する認識も改め、火ノ丸と相撲に強い興味を抱くようになる。

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新人大会に出場し大河内を下すなど相撲初心者とは思えぬ戦績を上げるが、一目で圧倒的強者と見抜いた久世と対戦、レスリングで磨いたフットワークを駆使して戦うもことごとく対応され四つ相撲に持ち込まれると寄り切られ完敗を喫する。その後桐人から摺足が全く身についてないゆえ足をすくわれるとの助言を受け、摺足の基礎稽古をレスリングのフットワークトレーニングとミックスさせた独自の特訓に取り組んでいる。予選一回戦ではレスリングとの共通技である外無双を披露し、決勝戦では次鋒にて荒木と対戦し攻防目まぐるしい技と技の応酬の末、敗北寸前に火ノ丸の「鬼車」で逆転勝利を収め、力士としての才能が開花しつつある事を示した。その後個人戦では小関とは対照的に初めての公式戦での火ノ丸との対戦に滾り、一回戦では沙田の技である「上弦之月」を披露。

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一度見ただけで技術を模倣してしまう並外れた格闘センス、吸収力をもって火ノ丸との対戦に臨みこの大会で見てきた様々な技で彼を翻弄するも国宝である火ノ丸を倒すには至らず完敗、負けるべくして負けたと実力差を認めつつ火ノ丸が強くなり続ける限り、自分も強くなれる事を彼に感謝した。

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火ノ丸や沙汰からは天才と評価されるほどの格闘センスを誇り、全国大会団体戦初戦では火ノ丸が負傷で不在の中、国宝級を二人以上擁するチームと渡り合うために自分が国宝級の戦力になると宣言し大典太と戦う。

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沙汰との修行の成果もあり、相を目に纏い勝利を収め宣言通り国宝級の戦力として「国宝喰い」と呼ばれるようになる。

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団体戦準決勝鳥取白楼高校戦では高校ナンバー2の国宝大包平と対戦。大典太の突っ張り「閃光」、素首落とし「」を駆使しながらも格上の大包平を終始圧倒し勝利を収めた。

 B 日景典馬 金沢北高校

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 金沢北高校2年生の相撲部員。国宝「大典田光世」。現役日本人最強力士である大関「大景勝」の弟。

身長2メートルを超す恵まれた体躯の持ち主であり、早くも角界入りを嘱望されている。火ノ丸同様歴史マニアであり、名古屋城のイベント会場でのいざこざから、火ノ丸との野試合に発展。水入りになったものの、火ノ丸に敗北感を味わわせた。

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 B 野地数興 三ノ矢実業高校

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国宝「数珠丸恒次」。「重さ」という「凶器」を体現する力士。作中で明言されていないが消去法的に”青森の国宝”と推測される。

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高校相撲の舞台において、彼を土俵の外に追い出せるものは天王寺ただ一人だったが、久世、火ノ丸に敗退し見せ場がなく退場となった。

B 兵頭真磋人 栄華大付属高校

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栄華大付属高校3年。大太刀高校國崎千比路とは兄弟であり、國崎に負けず劣らずの格闘センスがある。

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栄華大付属の部長曰はく、「相撲経験が浅いことを自覚しつつ全身から発する『相撲が好き』という純粋な気持ちに勝負を預けてみたくなる。』とのこと。

番外 辻桐仁 大太刀高校

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大太刀高校一年生。身長175cm、体重72kg。

火ノ丸とは小学生の頃に同じ相撲クラブで稽古に励んでいた無二の親友。久世に敗れて落ち込んでいた火ノ丸の前に現れ、相撲部に監督が必要であることを教える。

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その後部員達に自分がコーチをしている中学生相手に相撲を取らせ、自身の監督としての実力を示した上で彼らの弱点と伸び代を指摘し自ら監督に就任した。

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選手としての実力は高く火ノ丸と互角に渡り合える程であるが、先天的な肺機能の障害が小学生の時に発覚。20秒以上戦うとまるで溺れるように呼吸が出来なくなり生命さえ危うくなる難病。

医者を回るも治療法は見つからず己の運命を悲観し一時は相撲の全てを自分から遠ざけていたが、同じく過酷な現実に直面するもそれに抗い続ける火ノ丸を目の当たりにし、彼を支える側の存在になるべく一念発起して独学でマネジメント学、監督論等を身に付ける。

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サポート側に回ったとは言え相撲にかける情熱は未だ失われておらず、部員の稽古の為高荷の道場や漁船などに礼を尽くして頼み込むなど、相撲部の為なら土下座をする事も躊躇しない強い覚悟を持っている。

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20秒限定のその日最初の一番では「国宝喰い」と言われる國崎でも一度も勝つことはできないほどの実力者。

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小関部長曰はく、潮や柴木山親方を投げたこともある20秒間だけなら最強の力士。

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全国大会団体戦決勝戦次峰戦では栄華大付属高校のリオンちゃんでお馴染みの澤井理音と戦う。活動限界である20秒以内で勝ちにいった桐仁だったが、澤井が巧みに堪え同体となり取り直しとなる。

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体力は限界を超え満身創痍かと思われたが「頭捻り 渦切」で勝利を収めた。

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流石は作中屈指のデータマン天王寺。実戦から遠ざかっている桐仁のことを知っているようである。

国宝名は「鬼切安綱」。小学生時代には千葉県で火ノ丸と共に剛の「鬼丸国綱」と柔の「鬼切安綱」として名を馳せた。

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